従来、自分で作る自筆証書遺言書は、遺言者が自宅で保管するか、信用できる第三者に預けるしか保管方法はありませんでした。
そのような保管方法では、万が一の災害による滅失、紛失、また遺言書の存在を知る第三者による内容の偽造、変造などのリスクが常につきまといました。
そうしたリスクを回避するために2020年(令和2年)7月10日に施行されたのが、いわゆる自筆証書遺言書保管制度です。
自筆証書遺言書のリスク
他の方式である公正証書遺言書とは異なり、自分で手軽に作成できる自筆証書遺言書には、以下のようなリスクが潜んでいます。
- 遺言書の保管上のリスク
- 書式不備による無効となるリスク
- 検認忘れや家庭裁判所外での開封のリスク
遺言書の保管上のリスク
遺言は遺言者の死後はじめて効力が生じます。(民985条①)
よって、遺言者が亡くなるまで、そのままの状態で大切に保管される必要があります。
しかしながら、自筆証書遺言書は、基本的に遺言者側が保管するものなので、自宅等に保管する場合、紛失したり、いつのまにか保管場所を忘れてしまったりする可能性もあります。
お身内に保管場所をあらかじめ伝えておくということも有りかと思いますが、遺言者以外に内容が漏れるリスクもあり、そうなった場合に利害関係者による遺言内容の改ざんという可能性も全く0とは言えなくなってきます。
もちろん、遺言書を偽造し、変造し、破棄し、または隠匿した者は、相続人の権利を失いますし、遺言の対象者であってもその権利を失います。(民891条、民965条)
その他、自分しかわからない場所に保管した場合、死後に遺言書を発見してもらえず、結局、遺言内容が実現しなかったということにもなりかねません。
自筆証書遺言書には、まずこのような保管上のリスクがあります。
書式不備による無効となるリスク
自筆証書遺言書は、法律で定められた書式に関する厳密なルールがあります。
このルールを満たさなかった遺言書は無効、あるいは無効を主張して相続人間で争いに発展してしまうということにもなりかねません。
そうなると、せっかく相続人の平穏を望んで作成したはずの遺言書が意味をなさず、無効となれば、一から相続人同士で遺産分割協議をしなければならず、遺言通りに財産を分配できないという結果になってしまいます。
検認忘れや家庭裁判所外での開封のリスク
自筆証書遺言書に関しては、遺言者の死後、遺言書の保管者または発見した相続人は、遅滞なくこれを家庭裁判所に提出し、検認を受けなければなりません。(民1004条①)
また、遺言書が封筒に入れてあり、かつ封印がされている場合は、家庭裁判所において相続人又はその代理人の立ち会いのもと、開封しなければなりません。(民1004条③)
遺言書や封筒に検認もしくは開封は家庭裁判所で行うよう旨、一筆添えてあれば良いのですが、そのような記載がなかった場合、相続人が検認をし忘れたり、その場で勝手に開封してしまうというリスクがあります。
いずれの場合でも、それだけで遺言書自体が無効となるわけではありませんが、5万円以下の過料を支払わなければなりません。(民1005条)
リスクを回避するためにはどうすればよいのか?
上述のような自筆証書遺言書にまつわるリスクを回避するためには、おもに以下のような方策があります。
- 別の遺言方式である公正証書遺言の方式で作成する
- 自筆証書遺言書保管制度を利用する
公正証書遺言の方式で作成する
自筆証書遺言以外にも法律で定められた遺言の方式として、公正証書遺言があります。
公正証書遺言は、その名のとおり、公正証書ですので、自分で書いて作成する自筆証書遺言とは異なり、公証人役場の公証人に作成してもらう遺言方式です。
遺言内容は、公証人に口頭で伝える必要はありますが、本文は公証人が筆記してくれますので、自筆の手間は省けますし、書式に関しても公証人がルールに即して作成してくれますので、書式不備による無効となるリスクは回避できます。
また、保管方法も公証役場にて、原本の紙と電磁的記録の2重で保管されますので、紛失や改ざんといった保管上のリスクも回避することができます。
また、検認の必要もありません。
ただし、公証役場に対する手数料が若干高めということと、証人2名を遺言者側で用意しなければならなといった点が、デメリットと言えばデメリットかもしれません。
自筆証書遺言書保管制度を利用する
公正証書遺言は、現状、最も確実な遺言方式と言えますが、やはり、手数料がかかるという点がネックという場合には、本ページのテーマでもある、自筆証書遺言書保管制度を利用するという手段があります。
自筆証書遺言書保管制度の申請窓口は法務局です。
公正証書遺言とは異なり、遺言書を作成するまでは自筆証書遺言の方式に則って自身が作成し(本制度利用時は様式に決まり有り)、保管のみ遺言書保管所(法務大臣の指定する法務局)で行ってくれるという制度です。
申請時に、遺言書保管官が自筆証書遺言の方式に即しているかどうかの外形的な確認をしたうえで受理しますので、書式不備による無効となるリスクは回避できます。
保管方法は、原本を紙と電磁的記録の両方で保管してくれますので、保管上のリスクも回避できます。
また、検認の必要もなく、無封印の状態で保管されます。
手数料は、現時点では申請時に3900円がかかりますが、公正証書遺言よりも手頃感はあります。
自筆証書遺言書保管制度利用の手続き
では、自筆証書遺言書保管制度を利用する際の手続き流れについて、ここではおもに遺言者に係わってくる手続きについてみていきましょう。
遺言書作成~申請までの手続き
自分で遺言書を作成するところから申請するまでの流れは以下のようになっています。
自分で遺言書を作成する
遺言書作成に関しては、遺言者自身で、最低限、全文自筆、日付・氏名の自署および押印等の要件は、あくまで通常の自筆証書遺言の書式に則して作成しなければなりません。
通常の自筆証書遺言書の方式では、用紙や封入等までの決まりはありませんが、遺言書保管制度を利用する際には、遺言書保管法に基づくルールがありますので、特に注意が必要です。
自筆証書遺言書保管制度を利用する際の様式のルール
自筆証書遺言書保管制度を利用する際には、通常の自筆証書遺言の書式に加え、以下のような様式のルールがあります。
- 用紙サイズはA4で作成
- 遺言書および添付財産目録の各用紙に、上図のように左側20mm、上部5mm、右側5mm、下部10mmの余白を設け、余白部分には何も書かない
- 文字の判読を妨げるような模様の無い用紙を使用
- ボールペン等の容易に消えない筆記具で書く
- 用紙裏面には何も記載しない
- 遺言書や財産目録が複数枚におよぶ場合は、1/2,2/2・・と記載し、ホッチキス止めはしない
- 封筒には入れない
保管の申請
上記の様式に従って、自筆の遺言書を作成したら、以下のような流れで申請を行います。
どの遺言書保管所に保管するか決める
保管を申請できる遺言書保管所は以下の3つの各管轄法務局です。
- 遺言者の住所地
- 遺言者の本籍地
- 遺言者が所有する不動産の所在地
なお、岡山県の遺言書保管所(法務局)の管轄は、以下のページでご確認ください。
参考外部ページ
申請書に記入する
下記ページから各種申請書をダウンロードできます。
申請書ダウンロードページ
申請の予約をする
手続きの処理に時間を要するため、予約が必要としていますので、事前に必ず予約をしましょう。
WEBから予約をする場合
申請する保管所に直接電話で予約する場合
申請時に持っていくもの
申請にあたっては、以下のものを持参し、必ず遺言者本人が遺言書保管所に出向かなければなりません。
- 遺言書(添付財産目録含む)
- 申請書(あらかじめ記入したもの)
- 遺言者本人の住民票の写し(※本籍の記載あるもの ※3ヶ月以内のもの)
- 本人確認書類(マイナンバーカード、運転免許証、パスポート、在留カード、特別永住者証明書等)
- 手数料(3900円/1通)
保管証を受け取る
手続きが終わったら、保管証が交付されますので、受け取ります。
保管証には、以下の事項が記載されています。
- 遺言者の氏名
- 生年月日
- 遺言書保管所の名称
- 保管番号
後々、遺言者自身が閲覧、変更、保管の撤回等したくなった時に請求する際に、提示すると手続きが速やかです。
また、事後に相続人等が遺言書情報証明書の交付請求をする際にもあった方がよいので、ご家族にこの保管証の存在を知らせておくとよいでしょう(遺言者が存命中は遺言者本人以外、遺言書の中身を閲覧することはできません)。
申請~亡くなるまでの手続き
申請が済んだら、何もなければ、特に手続きは必要ありません。
しかし、申請後、以下のような時は、手続きが必要になってきます。
- 保管してもらっている遺言書の内容を確認したいとき
- 保管してもらっている遺言書を返してもらいたいとき
- 申請後に氏名や住所が変更になったとき
- 遺言内容を撤回(変更)したいとき
遺言書の閲覧請求
保管してもらっている遺言書の内容をもう一度確認したいときには、この閲覧請求の手続きを行います。
- 閲覧の請求をする遺言保管書を決める
・モニターで閲覧したい場合→全国どの遺言書保管書でも可能
・原本で閲覧したい場合→遺言書の原本が保管されている遺言保管書のみ - 請求書に記入する→ダウンロードページ
- 予約をする
- 遺言書保管所にて閲覧の請求
・請求権者→存命中は遺言者本人のみ
・持参するもの→本人確認書類
・手数料→1,400円(モニター閲覧)or 1,700円(原本閲覧)
保管の申請の撤回
すでに保管してもらっている遺言書を返してもらいたいときに行う手続きです。
- 撤回書に記入する→ダウンロードページ
- 保管の撤回をできる遺言書保管所に予約をする
→原本が保管されている遺言書保管所のみ - 遺言書保管所にて撤回し返却してもらう
・請求権者→遺言者本人のみ
・持参するもの→本人確認書類
・手数料→0円
・申請時から氏名・住所等に変更がある場合には、別途変更を証する書類が必要
※請求内容に撤回となっていますが、返却してもらっても、それで遺言書の内容自体を撤回するわけではありませんので注意が必要です。
変更の届出
保管の申請時以降に、遺言者の氏名、住所等に変更が生じた場合に必要となる手続きです。
- 届出書に記入する→ダウンロードページ
- 遺言書保管所に予約をする
・全国どの遺言書保管所でも可能
・郵送でも可能 - 変更の届出を行う
・届出ができる者→遺言者本人および親権者や後見人等の法定代理人(※1)
・持参するもの→請求人の身分確認書類(※2)および変更を証する書類(住民票、戸籍等)
・手数料→0円
(※1)法定代理人が届出る場合は、親権者は戸籍謄本、後見人は登記事項証明書、いずれも3ヶ月以内のものを別途添付
(※2)郵送で届出る際は、コピーで可
なお、遺言者以外の氏名や住所等に変更が生じた場合には、住民票等の添付書類は不要ですが、遺言者の死後、相続人の誰かが閲覧等の請求を行った際に他の相続人や受遺者にも通知が行くため、あらかじめ住民票等で正確な内容を確認する必要があります。
遺言内容の変更をしたい場合の手続き
上記の氏名や住所の変更ではなく、保管してもらっている遺言書の中身の内容を変更したい場合については、以下2通りの変更方法があります。
一度原本を返却してもらってから変更後、改めて保管の申請を行う
一度、上記「保管の申請の撤回」の手続きを行い原本を返却してもい、遺言者が変更を行ったうえで、改めて保管の申請を行うという流れです。
法務局はこちらの方法を推奨しています。
前の遺言書は預けたままで新たな遺言書の保管の申請を行う
「保管の申請の撤回」を行わずに、新たな内容で作成した遺言書を保管してもらうという流れです。
この場合、2つの遺言書が保管されることになりますが、日付の先後によって、内容が抵触する部分については後の遺言書が有効とされます。
遺言者が亡くなった後の手続き
遺言書保管制度を利用した場合、遺言者が亡くなった後、相続人や受遺者等が相続手続きを進めるために、必要になってくる手続きです。
亡くなった後、相続人等が行う手続きには以下のようなものがあります。
- 遺言書が預けられているかどうかの確認
- 遺言書が保管してある場合、遺言書の内容の証明書を取得
- 遺言書が保管してある場合、遺言書の閲覧
遺言書保管事実証明書の請求
遺言者の死後、相続人や遺言執行者等が、遺言書保管所に遺言書が保管されているかどうを確認し、保管されていれば「遺言書保管事実証明書」の交付を受ける手続きです。
遺言書保管事実証明書は、遺言書が保管されているという事実だけを証明する書面で、遺言書の内容までを知ることはできません。
全国、どの遺言書保管所に対しても請求することが可能で、手数料も800円とそれほど負担にはなりません。
遺言書保管情報証明書の請求
遺言書が保管されていることがわかっても、上記の遺言書保管事実証明書だけでは、登記や相続手続きはできません。
登記や相続手続きをする際には、この「遺言書保管情報証明書」の交付を受ける必要があります。
遺言書保管情報証明書は、保管されている遺言書の内容を証明する書面ですので、具体的な遺言内容を確認することができます。
全国、どの遺言書保管所に対しても請求することが可能で、手数料は1400円です。
※相続人等のうち1人でも、この請求を行った際には、他の相続人に対して、遺言書保管官から遺言書を保管している旨の通知が届きます。
遺言書の閲覧の請求
遺言書の現物をモニターもしくは原本にて閲覧するための手続きです。
請求先の遺言書保管所は、閲覧方法によって異なりますので、注意が必要です。
モニターでの閲覧・・・全国どの遺言書保管所でも可能(1400円)
原本での閲覧・・・遺言書の原本が保管されている遺言書保管書(1700円)
※相続人等のうち1人でもこの請求を行った際には、他の相続人に対して、遺言書保管官から遺言書を保管している旨の通知が届きます。
自筆証書遺言書保管制度利用の留意点
では、最後に本制度を利用する際に、留意しておきたい3点を以下に挙げます。
「保管の申請」に際しては、必ず遺言者本人が出向かなければならない
遺言書を保管する遺言書保管所(法務局)に保管の申請を行う際には、必ず、遺言者本人が窓口まで出向き、手続きを行わなければなりません。
例えば、入院中で外出や歩行が困難で遺言書保管所まで行くことができないという状態の場合には、本制度は利用できないということになります。
ただし、家族等が介助の為同伴することは可能です。
この点、出張料は別途かかりますが、遺言者が希望する場所へ公証人が出張してくれる公正証書遺言とは異なりますので、留意が必要です。
遺言書保管官は遺言書の外形的な要件の確認のみで内容の有効性までは確認しない
保管の申請の際、遺言書保管官は、民法に定められた自筆証書遺言の外形的な要件に適合しているかどうかの確認は行いますが、遺言の内容についての相談には応じず、また有効性を保障してくれるわけではありません。
この点もある程度、遺言内容の実現性について公証人が相談に応じてくれる公正証書遺言とは異なります。
ただし、外形的な要件の確認はしてくれますので、要件不備で無効になるという事態は回避できるかと思います。
こちらが希望しない限り自動的に遺言書の存在を知らせてくれるわけではない
本制度発足当初は、遺言者の死亡届が提出された後、遺言書の存在を相続人、受遺者等に通知されるシステム作りは将来的な課題とされていました。
その後、現在では、遺言者の希望があった場合に限り、推定相続人並びに遺言書に記載した受遺者等及び遺言執行者等の中から1名のみを指定し、遺言者の死亡届が提出された後、遺言書の存在をその者に通知される死亡時通知が利用できるようになりました。
しかし、今のところ、保管の申請時に申請書に死亡時通知を希望する旨を記載しない限り、死亡届が出されたら自動的に通知が行くというわけではありませんので、申請時に忘れずに記載するようにしましょう。
以上、自筆証書遺言書保管制度について、概略を解説してきました。
上述しました留意点等の問題はありますが、やはりメリットの方が大きいのではないかと考えます。
自分で自筆証書遺言書を作成する際は、併せて、本制度を利用してみてはいかがでしょうか。
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